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執筆者の写真石井 力

ゾロアスター教徒の中で(エッセイ1⃣)

更新日:2022年10月16日



私が住んでいるのはルスタム・バウグというパーシーのコロニーである。


西インドの大都市ボンベイ(ムンバイ)にはパーシーのかなり大きなコロニーが、私の知るだけでも七つはある。小さいものを入れればかなりの数になるだろう。


コロニーというと、英語の辞書には「植民地」「居留民」というような訳が出てくるけれど、パーシーコロニーというのはパーシーの人々のみが固まって住んでいる住居地のことである。


この人々は1300年以上前にインドに移り住んできたペルシャ人の末裔で、ゾロアスター教(拝火教)徒であり今年(1989年)は8月24日が大晦日、25日がニューイヤー・ディに当たっていた。

明けて現在は1359年が始まったばかりである。

ルスタム・バウグはコロニーの中でも大きい方で、2番目の大きさに当たっている。私がここに住んでいるのは、ゾロアスター教徒と結婚したからだ。私の夫は全くのボンベイっ子で、ここに生まれ育ち、この町のことなら何でも知っている風である。


私達が出会ったのは東京であった。以前、彼は私も働いていた広告会社で研修を受けたことがあり、元々広告やマーケテイングの専門ではあったが、進んでいる日本の広告代理店で「みがきをかける」というところであったろうか。

彼と初めて仕事で会ったときの会話は『ワタシ、ナニジンか解りますか?』『ワタシ拝火教徒です。知ってますか?』で始まったと思う。


私はインドの人にあまり知り合いはいなかったけれど、オズオズと「インドかしら」と言ってみた。『良く解りますね。たいてい解りませんよ』と彼は驚いてみせた。口ひげを良く手入れしている人だというのが印象だった。5週間の日本語の特訓と周囲の環境の為に、日本語はかなりスムーズで驚きだった(その後の経験からも、インドの人はすごい外国語習得センスを持っていると思う)。それを良いことに、彼の滞在中、私は一言も英語をしゃべらなかったから、私が多少英語が使えることが解った時には、『ダマサレタ、ダマサレタ』と言っていた。



拝火教と聞いた瞬間は、確か高校の教科書に古代エジプトやペルシャの宗教の説明があって、その中にあったみたいという感じだった。高校の頃は火を崇めるなんてとなんとなく、ごく原始的な宗教や人々を想像した気がする。でも彼が言った時は、初対面ですぐ宗教の話をするなんて『ヘンな外人だ』と思うのが先に立った。



後に何年もこの国に住んでからは、この国では宗教が人それぞれのアイデンティティなのだということが良く解ってきた。

だからパーシーのコロニーがあったり、ヒンズー教、回教の人などが比較的固まって住むことにもなるのだろう。宗教はそれを信ずる人々の大きな誇りであると共に連綿と夫々の文化を伝える確実な方法である。


パーシーコロニーには、ふつう、他のコミュニティの人や外人は居住を認められない。が、結婚した場合は別である。それでも男女の扱いが少々不平等で、女性側がパーシーで夫が他のコミュニティの人であると、たとえインド人であってもコロニーには住めない。次の世代の子供の宗教も父方を自動的に継がされて、そのパーシー女性は一種のアウトサイダーになってしまうことが多い。

厳格な家庭でなくても、やはり両親は子供が他のコミュニティの人と結ばれることを通常好まない。こんな風にして、パーシーは彼らの誇るペルシャ人の純血を永い間守ってきたのだろう。




  斉藤碧(S39年英米文)



            続く・・





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