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  • 執筆者の写真石井 力

立教と箱根駅伝・女子駅伝

立教大学総長/立教学院展示館長 西原 廉太


<立教学院創立150周年記念企画展 ごあいさつ>



立教学院は2024(令和6)年に創立150周年を迎えます。立教学院展示館では、この大きな節目に向けて、数回にわたる「立教学院150周年記念企画展」シリーズを展開します。その第二弾となる本企画展は箱根駅伝(正式名称は「東京箱根間往復駅伝競走」)に焦点を当てます。




立教大学体育会の陸上競技部は、奇しくも箱根駅伝が始まった1920(大正9)年に誕生しています。立教は1934(昭和9)年の第15回大会から出場し、1939(昭和14)年の第20回大会まで連続出場を果たしました。

この間、1936(昭和11)年のベルリンオリンピック陸上代表(800m)・青地球磨男選手自身も10区の区間賞に輝きました。


1937年に中国の北平(現・北京)で盧溝橋事件が起き、日中全面戦争に拡大していく中、学生スポーツを取り巻く環境は徐々に厳しさを増します。箱根駅伝も1940(昭和15)年の第21回大会を最後に中止となりました。1943(昭和18)年には、復活大会となる「靖国・箱根神社往復関東学徒鍛錬継走大会」(第22回大会)が開かれ、立教も出場しましたが、この大会を最後に箱根のランナーたちは戦場へと赴き、しばらく箱根路を静寂が包みます。


終戦後の1947(昭和22)年、箱根駅伝が復活しました。立教大学は翌1948(昭和23)年に出場し、以後1968(昭和43)年の第44回大会まで常連校に名を連ねています。優勝こそ逃したものの、1957(昭和32)年の第33回大会では総合3位に入賞しました。


33回大会

総合優勝 日本大学 2位 中央大学 3位 立教大学

4位 東京教育大学 5位 早稲田大学 6位 法政大学


しかし、その後、しばらく箱根駅伝への道のりは遠のきます。そうした流れを変えたのが、2018(平成30)年11月の「立教箱根駅伝2024」事業の開始でした。このプロジェクトでの取り組みの成果は徐々に現れ、2022(令和4)年10月の予選会で立教大学は総合6位の好成績を収め、2023(令和5)年1月の本選への出場を果たしたのです。

関東地域の大学生の若きランナーたちが東京と箱根を往路と復路に分けて健脚を競い合う。いまや「正月の風物詩」の観さえある箱根駅伝を「立教」の視点からたどります。様々な資料や証言で読み解く「立教大学と箱根駅伝」の物語をどうぞお楽しみください。

末尾となりましたが、本企画展のために資料や情報をご提供いただきました皆様に、改めて心から御礼申し上げます。






徳光さんと箱根駅伝


箱根駅伝を見るようになったきっかけを教えてください。 (徳光) 僕は立教大学に入った18歳の時に茅ヶ崎に引っ越しました。自宅から自転車ですぐのところが箱根駅伝のコースで観に行くようになったんです。 大学に入るまではまったく知らなかったです。立教大学に入って仲良くなった運動部の同級生がいたんです。体型もそれほど目立たなくて、まったく地味だったんです。何をやっているのかなって。 そうしたら、新聞に彼の名前が出ていたんです。豊田(多賀司)君というのですが、彼が出るのだったら、と応援に行ったのが最初です。1960年の第36回大会(※豊田は4区で出場)からですから、観戦歴は64年になりますね。 ――それから箱根駅伝に魅了されたわけですね。 (徳光) 茅ヶ崎のお正月といえば箱根駅伝。みんなの楽しみなんですよ。朝8時半くらいから大移動が始まって、国道134号線沿いに行くんです。巨人の開幕戦よりも楽しみですね。往路は3区、復路は8区を観に行きます。なぜか、往路より復路のほうが、選手が速いように感じるんですよ。 当時はテレビ中継がなかったので、ラジオを聞きながらでした。選手を待っていて、目の前を一瞬で通り過ぎていく。ちなみに、日テレのテレビ中継が始まったのが1987年ですが、それを仕掛けたのが、日テレの坂田(信久)という男で、彼は同期入社です。本当に誇らしいですよ。 テレビが始まってからは、選手を応援したあと、自宅に帰ってテレビを見る。すると、だいたい遊行寺の坂になるのですが、あんなに颯爽と走っていた選手がヘロヘロになっている。まるで別人。それが本当に不思議で、どんどん魅了されましたね。 箱根駅伝は2区や5区、6区に注目が集まりますが、8区は“つなぎ区間”とはいえ、監督の戦略によっていろんな選手を用意するので、レースとしてはすごくおもしろい区間なんです。 ――その後、アナウンサーとなられてから、沿道でプライベート実況する姿が有名になりました。 (徳光) とにかく長嶋茂雄さんの一挙手一投足を伝えたいという一心でアナウンサーを目指したのですが、箱根駅伝を実況したいとは思ったことがなかったですね。当時はラジオしかなかったですし、完全に“見る側”でした。 野球中継を断念して音楽番組などにシフトしていきましたが、そのままスポーツ中継を志していれば、もしかしたら実況していたかもしれませんね。アナウンサーの仕事に就いてから、選手の出身校や特徴を調べて、沿道で勝手に話すようになったんです。 ――特に印象に残っている選手や場面は? (徳光) 山梨学院大の古田哲弘選手ですね。1年生(第73回大会)の時に8区を走った選手ですが、丸刈り頭のルーキーが、私の目の前で4人を抜き去ったんです。区間記録(1時間4分05秒)も最近まで残っていましたよね。野武士のように輝いて見えました。 うれしかった出来事が一つあります。ある大会で、順天堂大のジープに乗った澤木(啓祐)さんが拡声器で「イチ、ニ、イチ、ニ」と声かけしている時に目が合ったんです。そうしたら「あ、徳光さん」と言って、また「イチ、ニ、イチ、ニ」と。あれは僕の宝物です。 ――ご自身で実況してみたいと思ったことはありませんか。 (徳光) 現実味がなくなった今だからこそ、やってみたかったなという思いはありますね。僕は仕事柄、アナウンサー目線で見ることもありますが、河村(亮)には本当に参りました。彼のような表現は僕には絶対にできない。とても耳に残る声なんです。だから、亡くなった(※22年5月に他界)のは本当に悔しい。今後、河村にあこがれてアナウンサーを目指す人が現われていってほしいですね。



予選会動画はコチラ ↓



エントリー選手発表記者会見動画はコチラ ↓





<集合日時と場所等>

・集合日時:1月2日(火)午前11時

・集合場所:箱根登山鉄道「風祭駅」改札(写真の裏が駅です)

・目印:「町田立教会の手旗」が目印


※参加希望の方は、下記のURLに事前登録を

 お問い合わせは下記まで!

・連絡先 町田立教会 幹事長 神山 和夫S54卒(携帯:080-5066-2869)




たった今届いたメールです。

全文を掲載します。

12/27 6:15


おはようございます。駅伝と言えば箱根だけではありません。30日の富士山女子駅伝も見応え有り、是非応援に行って下さい。私は去年迄次男の赴任地が富士宮だったので、立教が出ていなくても応援に行きました。浅間大社出発なので、天気良ければ素晴らしい富士山がずっと拝めます。小田急線、東海道線、身延線乗り継ぎ、3時間くらいで富士宮駅に着きます。富士宮焼きそばが美味しいですよ。ここまで、51卒富岡・記



Subject: 【案内】12/30富士山女子駅伝・1/2-3箱根駅伝への出場



紫聖会 会員の皆様



日頃は紫聖会運営に多大なるご協力を頂き心より厚く御礼申し上げます。


また、11月にご案内しました寄付事業に対して、多くの会員の皆様からご協力を頂き、誠に有難うございます(寄付事業の内容は添付ファイルの通り)。



さて、この年末年始は、立教大学体育会陸上競技部の女子駅伝チームが富士山女子駅伝(12月30日)に、男子駅伝チームが箱根駅伝(1月2-3日)に出場します。


紫聖会はそれぞれの大会出場にかかる費用として、寄付事業から陸上競技部へ支援を行います。


当日は全国テレビ中継されます。是非とも現役学生の活躍に応援をお願い致します。



紫聖会会長 鴨志田 史郎



1.富士山女子駅伝(2023全日本大学女子選抜駅伝競走)



期  日:2023年12月30日(土)10時スタート


会  場:静岡・富士市/富士宮市


7区間(43.4km)、(スタート)富士山本宮浅間大社前~(フィニッシュ)富士総合運動公園陸上競技場


テレビ放映:フジテレビ系全国生中継


URL:2023全日本大学女子選抜駅伝競走【公式】2023富士山女子駅伝 (fujisan-joshiekiden.jp)



2.箱根駅伝(第100回東京箱根間往復大学駅伝競走)



期  日:2024年1月2日(火)・3日(水)8時スタート


会  場:東京・箱根間


10区間(217.1km)(往路・復路)読売新聞社前⇆芦ノ湖駐車場入り口


テレビ放映:日本テレビ系全国生中継


URL:東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト (hakone-ekiden.jp)





広報 石井

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