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  • 執筆者の写真石井 力

遍路雑感 1⃣

更新日:2022年11月19日


「とうとう来てしまった」一番札所霊山寺から二番札所に向けて歩き始めた時の気持ちである。以前から漠然と憧れていた「お遍路」。1ヶ月半という長期間を最後まで歩き通せるのか、大きな不安と何とかなるだろうという気持。とにかく歩くしかないとスタート。





四番の大日寺を過ぎた頃から足に異変。痛くもなく、疲れたわけでもないのに動いてくれない初めての経験。










初日からこれではと焦っていると、大日寺近くで挨拶を交わした女性に追いつかれ、だべりながら連れ立っているといくらか楽に歩けるようになりました。

歩いている最中に一番気にかけるのが、次の札所へ導いてくれる道しるべです。




ガードレールや各種ポールに張られている矢印のシールが最も多く、その他に役所が建立した標柱、地元の方々が生み出したユニークな道しるべ。これら無しでは歩き遍路は成り立ちません。



しばらく歩いても次の道しるべに出会わないと迷ってしまったかと不安に襲われるので、これらの道しるべを捜すのが習慣となり、帰宅してからもしばらくの間はガードレールやポールを見かけると標識を捜してしまう自分に苦笑してしまいました。









歩いていて感じたのは、我が国の道路は歩行者を軽視してきたという事です。車の通行量の多い道でも歩道が無い。そういう所では端を歩く事になりますが道の端は水はけの為(?)傾斜がつけられています。そんな所を歩き続けるのは疲れます。






一方で、気持ちを和ませてくれるような人形も。










歩きの途中で庭先や田畑で作業している方に挨拶することがありますが、そんな折に聞かされた話の一つがイノシシによる被害。東京近郊でもそうですが、多くの田畑では電気柵で囲って防ぐ努力をしています。不謹慎かもしれませんが、ビニールの虎には思わず笑ってしまいました。でも、農家の方の気持ちを考えれば、これでイノシシ除けの効果があることを願って通り過ぎました。


歩いていると色々な人と出会うようです。私のように宗教心も無く、ただ歩いてみたいと思うだけではなく、様々な思いを抱えて歩き、お参りをする人の話を耳にします。


中でも重く響いたのは同宿となった人から聞いた話です。その人が途中のお休み処で出会った人は2012年から毎年春先からお遍路をしていてお盆までには帰るそうですが、福島県の双葉町から来ているとのこと。「2012年から」、「双葉町」と聞いて東日本大震災と原発事故が思い浮かびました。その同宿の人も同じ思いを持ったとのこと。福島の人と雑談からはじめた話も進むにつれて、ザックの中には遺骨が入っていると思えてきたが、さすがにそこまでは確認することは出来なかったとのことでした。福島の人が単に鎮魂の為にお遍路をしているのか、別の想いを込めて歩き続けているのかは知る由もありませんが、私のお遍路道中の中で最も記憶に残ったことでした。


                                林 潤(S48経営)


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