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  • 執筆者の写真石井 力

S47年 体育会陸上競技部に入部して

更新日:2023年4月24日




55年ぶりの母校立教大学の箱根駅伝出場に、胸の熱くなる思いがしました。


私と同じ思いの仲間は日本中に10名しか居ません。私が昭和47年に立教大学体育会陸上競技部の女子マネになった時、立教は箱根駅伝から3年間遠ざかっていました。スポーツ推薦制度も無く、私が2年の時、部員は女子マネの私を入れても10名になってしまいました。


東京六大学陸上競技大会の時は言わずもがな、毎回最下位。応援に来て下さった應援團に、私は頭を下げる始末でした。箱根駅伝予選会の時は、短距離、跳躍選手騒動員しても足らず、他の運動部員も借りる有様でした。


大学から支給される僅かなお金、陸上競技部のOBの会社を訪問して、頭下げて頂く数千円のお金、部員達がデパートや運送会社でバイトして集めた部費で細々と陸上競技の灯を守っていました。いつか又箱根路を走れるのを夢見て……。




今年は私達10名が繋いだ襷が55年かかり、やっと繋がったのですが、意外な事に、この10名は余り狂喜乱舞もせずに冷静なのです。


「55年間ずっと、この日が来るのを待っていました!」と仰る、今をときめく有名人の諸先輩方々に申しあげたいのです。皆様、陸上競技部の部室が何処にあったか御存知でしたか?箱根駅伝に出場させたいから、と言って当時1円でも寄付したいと思って下さいましたか?


今、10名と書きましたが、今年の箱根駅伝終了数日後の1月、同期のH君が古希を迎える事も無く逝去したので実際は9名の仲間になりました。


私は立教大学体育会陸上競技部の女子マネを4年間全うした事を誇りに思い、世界一幸せな青春が送れた事に感謝しています。全ての立教大学OB・OGの皆様、歴史の陰に隠れて全く表舞台に現れなかった10名の部員(私は只の女子マネですから、どうでも良く、実際に競技した9名)達が居た事を覚えていて下さい。そして、一時的なお祭り騒ぎに終わらず、ずっと応援してあげて下さい。


来年は箱根駅伝100周年記念大会なので、全国の大学も予選会に出られる様にする?とかの噂があります。そうなると、全国には強豪大学が多く、立教大学が予選会で出場権を取れるか?どうか?心配なので応援宜しくお願いいたします。



冨岡道子(S51心理)






1956年生まれ周防さんが作ったこの映画とまさに同じ。

違うのは大学名 たしか「教立大学」 でしたね。



シコふんじゃった。』は、1992年公開の日本映画

卒業のための単位と引き換えに、廃部寸前の弱小相撲部に入ることになった大学生の奮闘をコミカルに描いたコメディ映画。第35回ブルーリボン賞作品賞ならびに第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品。



<編集・文責> 石井 力(S55体育会本部)








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